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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)47号 判決

原告 株式会社大野宗平商店

被告 魔法焜炉製造株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

「特許庁が昭和三四年審判第二四号事件について昭和三五年五月二七日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条の規定による商品類別第一四類(以下単に第一四類という。)「他類に属せざる陶器、磁器、七宝製品、土器、瓦および煉瓦の類を指定商品」として、昭和三二年一一月九日出願、昭和三三年八月一八日登録にかかる「大魔王」の漢字を縦書にして成る商標(以下原告の商標という。)について、登録第五二五七七三号の商標権を有するものであるところ、被告から昭和三四年一月二一日特許庁に対し原告の商標について、被告の権利に属する次項掲記の登録商標を引用し、登録無効審判の請求(昭和三四年審判第二四号)がされた。これに対し昭和三五年五月二七日同登録を無効とする旨の審決がされ、その審決謄本は、同年六月一一日原告に送達された。

二  右審決は、結局、原告の商標は被告の引用にかかる(1)第一四類土製こんろを指定商品とし昭和一五年一一月六日出願昭和一六年六月二七日登録にかかる「マオー」の片仮名文字を縦書にして成る登録第三四四四〇一号商標(以下引用甲商標という。)および(2)第一四類他類に属せざる陶器、磁器、七宝製品、土器、瓦および煉瓦の類ただし土製こんろおよびその類似品を除くを指定商品とし昭和一五年九月二八日出願昭和一六年五月一三日登録にかかる「マホー」の片仮名文字を縦書にして成る登録第三四二八七四号商標(以下引用乙商標)という。)と、それぞれ称呼において類似し、指定商品も牴触するから、その登録を無効とすべきものであるとしている。

三  けれども、右審決は、つぎの各点において違法であるから、取り消されるべきである。

(一)  審決は、原告の商標「大魔王」を審判の対象としないで、これをことさらに「マオー」と変更し、これと引用甲商標「マオー」、引用乙商標「マホー」と類似するとしたものであつて、(イ)類否判定の基礎を誤り、(ロ)「大魔王」の「大」の文字を判断より遺脱した違法がある。

審決によれば、原告の商標「大魔王」は、簡易迅速をとうとぶ取引の実際においては、「ダイマオー」の称呼のほか、略称して単に「マオー」の称呼をも生ずるものといわなければならないところ、この称呼は、引用甲商標「マオー」と称呼において類似するとしている。けれども、取引界がいかに簡易迅速をとうとぶとしても、原告の商標が「マオー」と略称された事実はいまだ一度もない。また、原告の商標は、「大魔王」であつて、その「大」の文字が除去されなければならない特段の事情もない。ことに、原告の商標の「大魔王」は、呼びやすく人びとに親まれる語であつて、その観念も優れた大王の意義があるもので、「マオー」は原告の商標の自然の称呼ではない。「大魔王」の語は、わが国の宗教が一部を除けば仏教である関係から日常生活にも仏教と密接な関係のあるうら盆があつて、このうら盆にえん魔大王の祭りが行われる風習があり、また、日常幼児の教訓としても悪いことをしてはならない悪いことをするとえん魔大王にしかられると教えられる関係もあつて、人びとに親まれる語となつているのであり、「大魔王」から「大」の文字を省くことが不自然でさえある。このように、日常生活に密接する「大魔王」が、引用甲商標「マオー」があるにもかかわらず、これと相違するものとして登録されたことは、当然である。ところが、審決は、これらの点についての認識を欠き誤つた判断をし、右のような違法をおかした。

(二)  審決が「大魔王」の語頭にある「大」が省略されるとしたのは、実験則に反するものであつて、違法である。

言葉の一部が省略される場合は、語尾であつて、語頭が省略されることは、ほとんどないといつてよい。たとえば、アイゼンハウアーを「アイク」、フルシチヨフ首相を「フ首相」と、また、人名光一を「光ちやん」、武七を「武ちやん」と称呼することは、日常経験するところである。原告の商標「大魔王」だけが、これと異なつて「マオー」と略称される特段の事情も、そのように略称された事実もない。また、大王は、英語でThe Great Kingである。これをフレデリツク大王に当てはめるとFrederick the Great Kingとなるべきところ、その略称はFrederick the Greatとなつて語尾のKingが省略されている。このように洋の東西ともに語尾を省略し、語頭は省略されない。審決は、この実験則に反している。

(三)  審決には、商標の類否判定に当つては商標を不可分の一体として対照すべきであるとの原則に違背した違法がある。

この原則は、昭和五年(オ)第三四四三号大審院判決の明示しているところであり、同判決は、桜花の内方に皇花の文字とその他の図形を結合した商標と好花の商標とが類似商標でないと判示し、「文字と図形より成る商標は特別の事由なき限りこれを包括的に観察し彼是相俟て不可分の一体をなすと観るべきを相当とすべく……」としている。この判例に照し、「大魔王」は、一体としてそのまま対比の対象とされるべきであるから、この文字だけから成る原告の商標が「マオー」とならないことは、明らかである。ところが、審決は、原告の商標を「マオー」として類否判定の対象としているのである。

(四)  審決には、被告(審判請求人)が本件登録無効審判を請求するについての利害関係を適法な証拠によらないで認定した違法がある。

審決は、原告(審判被請求人)が被告の右利害関係の存在を争い、かつ、被告からもこの点について何らの証拠が提出されていないのに、その利害関係の存在を肯定した。これは、証拠によらない認定である。

(五)  審決は、引用甲商標「マオー」と引用乙商標「マホー」とを比較しただけで、ただちに原告の商標の登録を無効としたものであるから、その理由には論理的矛盾があり違法である。

審決は、「引用甲商標は『マオー』の片仮名文字より成るものである。従つて本件商標は『マオー』の称呼において引用甲商標と類似するものといわなければならない。また引用乙商標は『マホー』の文字より成るものであるから、その称呼はもちろん『マホー』である。そこで『マオー』と『マホー』との各称呼を比較すると、両者が第一音において『マ』を共通にすることはいうまでもないところであり、第二音も『オー』と『ホー』の微差があるに過ぎない。この『ホー』は子音『H』と長母音『O』(両商標に共通)とより成るものであり、『H』音は弱く響く音であるから、たとえ『マオー』と『マホー』が全体として短い称呼であるとしても、両者の聴感は酷似し、取引上彼此混淆しやすいものと認められる。」として、原告の商標の登録を無効とした。右審決文は、引用甲および乙商標の比較であつて、原告の商標が右引用商標と外観、称呼または観念について同一または類似であるか否かの比較をしていない。したがつて引用甲および乙商標がたとえ審決のように類似しているとしても、このことをもつてただちに、原告の商標の登録を無効としたのは論理的に矛盾であり、登録無効の理由とし得ない。

(六)  原告の商標は、引用甲および乙商標「マオー」と「マホー」とがすでに登録されていたにもかかわらず、登録されたものであるが、これは、審査に当り、原告の商標がこれらの引用商標と外観、称呼、観念において類似でないと判断されたことによる。このようにして、登録された原告の商標の登録が無効とされるには、商標公報に公告された引用商標のほかに、原告の商標と同一または類似の商標が原告の商標の登録出願前に使用され著名になつたなどの特段の事情がなければならない。ところが、審決は、このような特段の事情について何ら説明することもなく、原告の商標の登録を無効にしたが、これは、不当に登録を無効にしたもので違法である。

(七)  商標の登録が旧商標法第二条第一項第九号に基いて無効とされるためには、特定の登録された一商標と類似することが必要であつて、多くの商標を総合引用しその結果類似するとの判断をすることは許されない。ところが、審決は、原告の商標の登録を無効とするに当つて、原告の商標と引用甲商標または引用乙商標その他被告が雑然と援用した登録商標のうちどれとの関係が右法条に該当するというのか明らかにしていない。

審決がこのような不可解な理由を用いなければならなかつたということは、原告の商標が引用各商標のいずれにも類似していないことを裏書するものであるのに、これを類似すると判断するにいたつたものであり、審決には、事物の認識を誤り不当に右法条を適用した違法がある。また、審決には、原告の商標が第何号の特定登録商標に類似するのか明示できないほど不明確な被告の審判手続上の請求をそのまま採用したとの点で違法があり、さらに、被告の提出したいずれの証拠を採用して原告の商標を無効にしたのか不明である点で採証の法則に違背した違法がある。

(八)  被告は、原告の商標が被告の有する引用甲、乙両商標およびその連合商標との関係において旧商標法第二条第一項九号の規定に該当するとして、その登録無効の審判を請求し、本件審決がされるにいたつたところ、その確定前に、被告は、原告の商標の指定商品とまつたく同一の商品を指定商品とし「魔王」の漢字を縦書にして成る商標について、引用甲商標の連合商標としての登録を受けた(昭和三三年七月三一日出願、昭和三四年三月三〇日公告、登録番号第五四二四四二号。以下被告の商標「魔王」という。)。

ところで、出願にかかる連合商標は、自己の登録商標に類似する場合に登録されるのであるが、それが他人の登録商標に類似しているときは、自己の元来の商標と類似であつても登録を受けることができない。ところが、被告の商標「魔王」は、原告の商標「大魔王」の登録についてされた無効審判の審決が確定しないうちに、つまりその権利存続中に、被告の有する引用甲商標「マオー」の連合商標として、登録されるにいたつたものであるから、原告の商標「大魔王」と被告の商標「魔王」とは外観、称呼、観念のいずれの点においても異なり類似でないとの認識に基いて、被告の商標「魔王」の出願がされ、その登録がされるにいたつたものというほかはない。このように解することは、同一または類似の指定商品について同一または類似の商標を登録しないのが商標法の鉄則であることから当然であろう。原告の商標「大魔王」の「大」の文字が単なる接頭語であるとすれば、被告の商標「魔王」が登録されるはずがない。そして、この二者が類似でないとするならば、原告の商標「大魔王」が引用甲商標「マオー」と類似でないことは明白である。ことに、「マオー」といつても、必ずしも魔王を意味するものではなく、「馬王」「摩王」「間王」などいろいろの意味がある。また、原告の商標「大魔王」のうち「大」の文字は、他の商標との類否判定のうえで欠くことのできない重要な部分であるこというまでもないから、原告の商標の称呼は「ダイマオー」であつて、「マオー」でないことも明らかである。「マオー」と原告の商標「大魔王」とは称呼も観念も相違する。被告が原告の商標「大魔王」と引用甲商標「マオー」とが類似すると主張しながら、一方で原告の商標の権利存続中に、引用甲商標と連合して「魔王」の商標の登録出願をしその登録を得たことは相互に矛盾があり、したがつて、被告は、本件登録無効審判請求の理由を失つているものというべきであるので、原告は、審判手続においてこれを主張したが、審決は、この主張を無視して判断を示さず、そのまま原告の商標の登録を無効とした。審決には、事物の認識を誤り、審理を尽さず不当に法を適用した違法がある。

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  原告の請求を棄却するとの判決を求める。

二  原告主張の請求原因第一、二項の事実は認める。同第三項の事実については、審決の記載が原告の主張のとおりであることおよび被告が被告の商標「魔王」について原告主張のとおり登録出願し、登録を得たことは認めるが、その余の点は争う。

なお、(1)原告の標商「大魔王」中の「大」の文字は、「おおいなること」「おおきこと」等を意味する歎美、尊敬の接頭語であり、原告の商標の「大魔王」は、「大」の文字を有することによつて「魔王」と本質的に別異の特定固有な意味を表わすにいたつているわけではないから、結局、その要部は「魔王」であり、その商標全体から受ける総合的印象も「魔王」で、「魔王」印の上等品もしくは大型のものという印象を社会通念上受けるものである。したがつて、原告の商標は、簡易迅速をとうとぶ取引の実際においては「ダイマオー」の称呼のほか、略称として単に「マオー」の称呼を生ずるものといわなければならない。審決には、原告主張のような判断の基礎を誤つたり、判断を遺脱した違法はない。

(2)また、原告は、実験則上言葉の語頭が省略されることはほとんどなく、「大魔王」が「マオー」と略称されることはないと主張し、アイゼンハウアー、光一、武七、フレデリツク大王等の例を挙げているが、これらはいずれも固有名詞についての例であり、また、原告が本件審判手続上例示した「大元帥」は「大」の文字を結合することによつて「元帥」とは異なる特定固有の意味を表わすもので、いずれも本件に適切でない。日常生活においてひん繁に用いられる「大投手」「大地主」などは、それぞれ技倆に優れた投手、土地を多く所有する地主の意味で、「大」の文字は単に「投手」「地主」の歎美、尊敬等を表わす接頭語として用いられているのである。「大魔王」もこれらと同様である。審決は、原告が主張するように原告の商標「大魔王」の「大」の文字を無視したのではなく、商標全体として観察し右の消息をしんしやくし「大魔王」について実験則上「マオー」の称呼が生ずるものとしたのであつて違法はない。

(3)原告は、商標の類否判定に当つては商標を不可分の一体として対比すべきであるのに、審決は原告の商標「大魔王」を「マオー」と変更して審決したと主張している。けれども、「大魔王」は「大」の文字を有することにより「魔王」と別異のものを指称するものでない以上、原告の商標から「マオー」の略称を生じ、この原告の商標の略称「マオー」が引用商標の「マオー」および「マホー」と称呼上類似するのである。審決のいうところもこれと同一であるから、原告の主張は失当である。

(4)審決が証拠によらないで被告(審判請求人)の利害関係を認定したのは違法であるとの原告の主張については、右の利害関係が存することは、原告も認めている被告が指定商品である土製こんろの製造販売を業とするものであり、かつ引用甲および乙商標の権利者であることから明らかなところであるが、審決も、この争のない事実からこれを認定しているのであるから何ら違法はない。

(5)また、審決には、引用甲および乙商標を比較しただけで原告の商標の登録を無効にした違法があるとの原告の主張も(3)と同様にして失当である。

(6)原告は、引用甲および乙商標が登録されているのに、さらに原告の商標が登録されたことは、両者が非類似の商標であると判断されたことによるもので、その登録を無効にするには特段の事情がなければならないと主張する。けれども、登録無効審判の制度は、審査の結果商標の登録要件に違背して登録された場合その違法をただすため、審判手続によりその登録を無効とし、原始的にその効果を生じなかつたものとする行政処分にかかるものであつて、特に原告主張のような事情の存在を要するものではない。原告主張のように、いつたん非類似とされたものは非類似の商標であるということを担保されるという根拠はない。

(7)また、原告は、原告の商標の登録が無効とされるためには特定の登録された一商標との類似を指摘しなければならないのに、その特定の商標を明らかにしないまま審決がされているのは違法であると主張する。けれども、審決は、指定商品土製こんろについては、原告の商標はこれを指定商品とする引用甲商標に称呼上類似し、また、指定商品土製こんろおよびその類似品を除く他類に属しない陶器、磁器、七宝製品、土器、瓦および煉瓦の類については、原告の商標はこれらを指定商品とする引用乙商標に称呼上類似するとして、引用甲および乙商標を引用し審決したものであるから、審決に原告主張のような違法はない。

(8)原告は、原告の商標「大魔王」の登録無効審決確定前に被告の商標「魔王」が同一の指定商品について登録されたことは、この両商標が類似していないことによるものであつて、ひいて原告の商標と引用甲商標とが類似でないと主張しているけれども、仮に、審査官が両商標が非類似であると判断し登録がされるにいたつたとしても、その非類似であることが確定付けられるものではない。また、審査官といえども誤ることがあるから、その誤りをただすため登録異議申立制度、登録無効審判制度があるのである。したがつて、単に二つの商標がそれぞれ別個に登録されているとしても、その事実からただちに両商標が取引者需要者間に誤認混同のおそれのない非類似の商標であるとすることはできない。なお、被告の商標「魔王」は、原告の商標「大魔王」より後に出願と登録とがされたもので、本件登録無効審判には直接の関係はない。原告が、この被告の商標「魔王」の登録が許されるべきものでないとするなら、その登録無効審判を請求すればよいわけである。

(9)そして、原告の商標「大魔王」と引用甲および乙商標等の「マオー」「魔法」「マホー」とは、ともに「魔」の観念を共通にしており、「魔の世界」という次元を同一にするものであること、一方、「大魔王」は、原告の主張するように「えん魔大王」を意味したり連想させる根拠がなく、その「大」の文字は単に邪悪性を強調するに過ぎないものとするのが相当であることなどから、原告の商標と引用甲および乙商標とは、観念および称呼が類似するものということができ、指定商品も牴触するからその取引者需要者との関係において、両者は、誤認混同のおそれがある類似の商標であるといわなければならない。

したがつて、本件審決は、正当であり、何ら違法はない。

第四証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第一、二項の事実については、当事者間に争がない。ところで、原告は、原告の商標「大魔王」と引用甲商標「マオー」引用乙商標「マホー」とがその称呼の点において類似し指定商品も牴触するから原告の商標は引用甲および乙商標に類似するとした本件審決を、類似でないものを類似とした違法があり、なお審判請求の利害関係認定についてもかしがあるとして、その取消を求めている。そこでまず、原告の商標と引用甲および乙商標とが称呼の点において類似するかどうかの判断をし、本件審決に原告主張のようなかしがあるかどうかについて順次考える。

二(一)  原告の商標は、「大魔王」の文字より成るものであるが、もともと「大」(ダイ)という語は、名詞として用いられる場合(例「今日の大をいたす」「小を殺し大を生かす」「遠大」)と接頭辞としてある語に冠して用いられる場合とがある。原告の商標の「大魔王」は、名詞としての「大」と「魔王」という名詞とが結びついたものと解することはできない。ところで、接頭辞としての「大」(ダイ)は、ある語に冠して、ほめとうとぶ意、非常なとか甚だしいとかの意、およそとかあらましとかの意などを表わすけれども、それが冠された語に結びつく度合には、強弱密疎があることはいうまでもない。その結びつきの度合を大別して考えると、(イ)たとえば「大統領」「大礼服」「大司教」のように、接頭辞の「大」とそれが冠された名詞の部分(ここでは「統領」「礼服」「司教」)とが結びつき一体となつて、独立固有の特定の意味をもつて使われるようになり、「大」があるとないとでは意味のうえで別個の実体を指すようになつている場合、(ロ)たとえば、「大日本」「大学者」「大明神」のように、接頭辞の「大」が名詞の部分(ここでは「日本」「学者」「明神」)をほめあがめたりその属性を強調するために冠され、「大」があるとないとで意味のうえで別個の実体を指すにいたつていないで、そこで意味される実体はいずれにしても名詞の部分によつて表わされているもの(ここでは「日本」「学者」「明神」)である場合、(ハ)たとえば、「大判官」「大法廷」「大動脈」のように、同一の語がその使い方によつて、あるときは(イ)の場合のように接頭辞「大」を冠して特定固有の実体を表わす語として用いられ、あるときは(ロ)の場の場合のように接頭辞「大」が名詞の部分(ここでは「判官」「法廷」「動脈」)によつて表わされるものの属性を強調するために冠された語として用いられる場合とに分けることができよう。

そこで、原告の商標の「大魔王」について考えて見るのに、「大魔王」が、意味のうえで、その「大」の辞をとつた「魔王」と異なる特定固有の実体(たとえば原告の主張するように「えん魔大王」)を表わす語として使用されるものとは、原告の商標の指定商品の取引者や需要者を含む一般世人の通念に照して、とうてい認めることができないから、原告の商標の「大魔王」は、(イ)の類型にも、ひいてまた(ハ)の類型にも入らないものといわなければならない。「大魔王」の「大」は、「魔王」の恐ろしさ、その邪悪な魔性を強調するために「魔王」の語に冠されたものと解するのが相当であつて、原告の商標の「大魔王」は、右の(ロ)の類型に入れて考えることができ、それによつて意味される実体は「魔王」によつて指されているものと同一であり、ただ、その恐ろしさその他の属性が一般的によくあるかたちで強調された表現であるにとどまるといつてよい。このように、「大魔王」と「魔王」とがその意味すべく向けられた実体において同一である以上、簡易迅速をとうとぶ取引の実際において、原告の商標「大魔王」について、「ダイマオー」の称呼のほかに、略称して単に「マオー」の称呼を生ずるのは自然の帰すうであり、何ら異とすべきものを含まない。

このように、原告の商標は、「マオー」の称呼を生ずるものと認められるところ、引用甲商標は「マオー」の片仮名文字から成るものであるから、原告の商標がこの引用甲商標と「マオー」の称呼において類似するものであることは明らかである。つぎに、引用乙商標は「マホー」の文字から成るものであるから、その当然有する称呼「マホー」と原告の商標から生ずる称呼「マオー」との類否について考える。両者は、第一音「マ」を共通にし、第二音において「オー」(O)と「ホー」(HO)の微差(Oは共通)があるに過ぎない。そして、この「ホー」の子音「H」は、のどを開き息が口腔を自由に通るようにして声帯の振動を伴わずに発せられる音であり、したがつて、弱く響く音であるから、たとえ、「マオー」と「マホー」が全体として短い称呼であるとしても、両者の聴感は酷似し、取引上彼此混同しやすいものと認められる。つまり、原告の商標は、これから自然に生ずる略称「マオー」によつて引用乙商標とも称呼上類似するものといわなければならない。

(二)  さらに、原告の商標「大魔王」の固有の称呼「ダイマオー」について考えると、これが、引用甲および乙商標「マオー」「マホー」とともに、同一または類似の指定商品についてその指定商品土製こんろ、陶器、瓦、煉瓦などの需要者取引者の間で時と所とをへだてたひろがりの中で、呼称し使用されるとすれば「魔王」「マオー」という部分に記憶と印象とがおのずから結びつけられる一方、取引の実際においては称呼は不たしかな発音現象を聴者に及ぼすから、「マオー」(「ダイマオー」の「マオー」を含む。)と「マホー」とが相互に近い聴覚現象をひき起し、これらが相互に働き合つて、やがて、指定商品の需要者、取引者の間に、いずれの商標が同一または類似のいずれの商品の出所の指標となつているのか、ついに明白に区別し難い誤認混同を生じさせるにいたるであろうことは、見やすいところである。これは、まさに、原告の商標「大魔王」が引用甲および乙商標の「マオー」「マホー」と、称呼の関係において取引の過程に即して見るときに相類似しているということにほかならない。

三(一)  原告は、本件審決は原告の商標「大魔王」を審判の対象としないでこれをことさらに「マオー」と変更し引用甲および乙商標と類するとしたもので、類否判定の基礎を誤り、「大魔王」の「大」の文字を判断より遺脱した主張するけれども、類否の判断にして前示のとおりであり、しかも、審決は、原告の商標「大魔王」から「マオー」という略称(これが原告の商標の称呼のひとつであることはいうまでもない。)が生ずるゆえんを説示し、これと引用甲および乙商標の称呼との類否を判断していることは、原告の主張自体からも明らかであるから、審決に原告主張のようなかしは認められない。なお、原告は、原告の商標の「大魔王」が取引上「ダイマオー」と呼称されて人びとに親まれる語であり「マオー」と略称されることはないというけれども、にわかにこれを肯認し難いことは前段の判示からも明らかである。しかも、二つの商標の間に類似があるとするには、必ずしも実際においてこれまでに「大魔王」が「マオー」と略称されたり誤認混同を生じたりしたことを要しないのであり、さきに判示したとおり称呼が類似すると認められる以上、将来ますます隔地者間において電報電話などを用いてされる傾向の増大する新たな取引において誤認混同を生ずるおそれがあると見るべきことは当然であるから、仮に従来原告の商標から「マオー」の称呼が生じた事例をにわかに認め難いとしても、これが将来のことまでを左右し決するものでないことはいうまでもない。

(二)  原告は、「大魔王」についてその語頭にある「大」が省略されるとすることは実験則に反すると主張し、言葉の一部が省略される場合は語尾についてであつて語頭についてされることはほとんどないという。けれども、原告の指摘するような原則が、前示(ロ)の類型にかかる構成をもつと認められる「大魔王」の語についても当てはまるものとする根拠はまつたくない。かえつて言語について行われる省略は、それが固有名詞とか言語の構成部分を要部とそうでない部分とに分けることのできないものについてされる場合はしばらくおき、通常、まず、語の要部以外の部分についてされ、必ずしも語頭または語尾のいずれが先にされるとの一般的な立言をすることは速断に過ぎるといわなければならない。商品の出所の区別を目的とする商標の文字について省略がされる場合は、右のとおり考えるのが自然である。そして、「大魔王」は前示(ロ)の類型に属する構成をもつて接頭辞「大」と名詞「魔王」とから成るのであるから、その略称としては、まず接頭辞「大」が省略されて「魔王」(「マオー」)ー」)が残ることは、右に述べたところに徴して自然であり原告主張のように実験則に反するものでないこというまでもない。固有名詞における略称についての原告の設例が右の判断を左右するに足りないことは明らかである。

(三)  審決は商標の類否判定に当つては商標を不可分の一体として比較すべきであるという原則に違背しているとの原告の主張については、審決も、原告の商標「大魔王」から「マオー」の称呼が生ずるゆえんを明らかにしたうえで、その称呼が引用甲および乙商標「マオー」「マホー」と称呼上類似であるとしているのであるから、その非難が当らないことはいうまでもない。

(四)  また、審決には本件審判請求についての被告(審判請求人)の利害関係を認定するに当り適法な証拠によらなかつた違法があるとする原告の主張については、成立について争のない甲第七号証(審決謄本)によれば、審決は、審判請求人が引用甲および乙商標の権利者であるとの当事者間に争がなく審判官において真実と認めた事実によつて、その利害関係を認めていることが明らかであるから、右主張の理由がないことはいうまでもない。なお、審判官は、その自由な心証に基いて自白の価値を判断し、これにより自白された事実を真実と認めることができるのであつて、この場合には他に何らの証拠も要しないこともちろんである。しかも、裁判所は、ひとり審決における法令の違背ばかりでなく、事実の認定についても、これを審理判断する権限を有し、裁判所における証拠調の結果に基いて裁判するのであるから、特許庁の審判手続における採証法則違背の有無については、これを独立の論点として審決の取消を求めることができないし、その必要もないわけである。したがつて、この点からいつても、原告の右主張は失当である。

(五)  本件審決には引用甲および乙両商標のみを比較して審決した違法があるとの原告の主張については、その失当であることは、(三)の項における判示によつて明らかである。

(六)  引用甲および乙商標が登録されているのに、さらに、原告の商標の登録がされたことは、両者が非類似の商標であると判断されたことによるもので、その登録を無効とするには特段の事情がなければならないとする原告の主張については、そのような特段の事情がなければならないとする規定上の根拠も合理的要請ないし必要も認められないから、これを採用できない。

(七)  原告の商標の登録が無効とされるためには特定の登録された一商標との類似を指摘しなければならないのに、それがされないまま審決がされたのは違法であるとの原告の主張については、前示甲第七号証によれば、本件審決は、原告の商標が指定商品に応じそれぞれ引用甲および乙商標と類似するものとしていることが明らかであるから、審決に原告主張のような違法がないことはいうまでもない。なお、原告は、この点に関し採証法則の違背があると主張するが、その主張自体の失当であることは、(四)の項に述べたところと同様であり、他に審決に原告主張のような類否判断上の違法不当な点は認められない。

(八)  原告は、原告の商標「大魔王」の登録無効審判の審決確定前に、一方で被告の商標「魔王」が同一の指定商品について引用甲商標「マオー」の連合商標として出願され登録されたことは、「大魔王」と「魔王」の両商標が類似でないとされたことによるというべきであるから、まして、原告の商標「大魔王」と引用甲商標「マオー」とが類似でないこと明白であると主張する。けれども、二つの商標が登録されたからといつて、誤つて登録されることもありうる以上、両者が常に類似でないものということができないのは、もちろんである。そして、本件においては、原告の商標と引用甲および乙商標との類否が判断の対象とされるのであり、また、それをもつて十分とするのであるから、原告の商標「大魔王」と被告の商標「魔王」との類否、商標の連合関係について論及するまでもないのである。したがつて、審決がこの点の原告の所論について判断を示さなかつたとしても不当ではない。なお、被告は原告の商標「大魔王」の登録があるのに一方でこれと類似する「魔王」の商標について出願し、登録を受けたものであつてその登録が許されないものとすれば、原告において別の手続でその登録無効の審判を受けるべきであるし、しかも、その結果いかんは本件訴訟に何らの径庭を生じさせるものでないこともいうまでもないのである。

四  右のとおりである以上、原告の商標が引用甲および乙商標とその称呼の点において類似しその指定商品も牴触しているから原告の商標の登録は旧商標法第二条第一項第九号の規定に違背してされたものであり同法第一六条第一項第一号の規定によりこれを無効とすべきものとした本件審決は、相当であり、これを取り消すべき違法の点を見出すことができない。よつて、これと反対に原告の商標と引用甲および乙商標とが類似しないことを前提として審決の取消を求める原告の本訴請求は、観念の類否等について考えるまでもなく、理由がないから、これを失当として棄却することとし、なお訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 入山実 荒木秀一)

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